研究概要 看護学習者の臨床判断を拓くルーブリックと臨床学習環境づくり支援プログラムの開発

日本学術振興会 科学研究費助成事業(科学研究費補助金) 基盤研究(B)(一般)19H03926

研究期間

2019年度~2023年度

研究組織

研究代表者: 細田 泰子(大阪公立大学)
研究分担者: 片山由加里(同志社女子大学)
土肥 美子(大阪医科薬科大学)
根岸まゆみ(静岡県立大学)
北島 洋子(宝塚大学)
勝山 愛 (大阪公立大学)*
研究協力者: 赤崎 芙美, 金山 悠, 水引 智央, 松本 赳史

*2022年度~2023年度

研究の背景

近年の医療をめぐる変化のなかで、臨床現場で必要とされる臨床実践能力と看護基礎教育で修得する看護実践能力との間には乖離があることが指摘されている(厚生労働省, 2014)。また、地域包括ケアシステムの構築により、看護の役割や活動場所の多様化が進むなかで、看護者には、様々な場面で人々の身体状況を観察・判断し、状況に応じた適切な対応ができる看護実践能力が求められている(大学における看護系人材養成の在り方に関する検討会, 2017)。これらの課題において、看護師の臨床的思考を具現化した臨床判断モデルへの関心が高まっている。臨床判断モデル(Tanner, 2006)に基づき、Lasaterが開発したラサター臨床判断ルーブリック(Lasater Clinical Judgment Rubric, 以下LCJR)は看護学習者の臨床判断を評価することができる(Lasater, 2007)。Lasaterと協同してLCJR日本語版を作成し、バックトランスレーションを用いて翻訳妥当性を検証した(細田ら, 2018)。次の段階では、このルーブリックを用いた実証的探究を行い、看護学習者の臨床判断の評価基準という観点からLCJR日本語版の妥当性の検討が必要である。

看護学習者である看護学生(以下、学生)から新人看護師(以下、新人)のコンピテンシーが育まれる臨床学習環境(Clinical Learning Environment)は、学習者の臨床経験の質を決定するための重要な要因であることが明らかにされ(Hosoda, 2006)、多角的に研究が行われている。これまでの臨床学習環境の概念は、学生の実習における学習環境に焦点をあてて検討がなされてきた。それに対して本研究は、学生から新人へのトランジションの過程を捉え、その臨床判断の発達における臨床学習環境に着目する。臨床では、絶えず変化する状況のなかで、看護学習者は環境に主体的に働きかけながら問題解決に挑み、探究を展開し、環境を意味的に構成することが重要である。組織あるいは個人の活動を通して培ってきたナレッジをもとにその連結を共愉的に行う臨床学習環境づくりが求められる。

看護学習者の実践能力の開発のため、臨床の実践共同体における学びを支援する教育指導者(各部署で学生や新人の教育指導を行う看護職)の育成に取り組む必要がある。研究者は、近畿圏の看護協会や医療機関への面接調査により、教育指導者の育成プログラムに関する取り組みとニーズを把握し(池内ら, 2014)、さらに全国的に医療機関の教育責任者と教育指導者を対象に調査を実施し、教育指導者育成に関するニーズを明らかにした(土肥ら, 2016)。わが国の看護学教育を取り巻く状況は、米国のヘルスケア環境における人材育成のニーズと共通するものが見られる。Oregon Consortium for Nursing Educationでは、臨床判断を中核にしたコンピテンシーを基盤としたカリキュラムを開発し、新たな臨床教育モデルを提唱している(Gubrud & Schossler, 2008)。臨床教育の充実はグローバルな課題であり、国際的かつ地域的な視座から取り組む必要がある。臨床教育のあり方を検討し、看護学習者の豊かな学びに貢献できる教育指導者の育成においてグローカルな連携が重要である。

看護学習者である学生から新人へのトランジションにおける臨床判断の能力開発が重要である。看護学習者は、教育指導者との関係を軸に学習を進める傾向があるため、グローカルな連携のなかで臨床学習環境づくりのキーマンとなる教育指導者を支援する創発的なプログラムを開発するすることで、このトランジションにおける教育指導者の臨床学習環境づくりに焦点をあて、その支援を検討することができると考える。

【文献】

大学における看護系人材養成の在り方に関する検討会(2017) 看護学教育モデル・コア・カリキュラム~「学士課程においてコアとなる看護実践能力」の修得を目指した学修目標~.

土肥美子, 細田泰子,他(2016) 教育指導者の学習環境デザインにおける学習の必要性とその学習方法に関する教育責任者と教育指導者の認識の差異. 日本医学看護学教育学会誌 25(2), 57-66.

Gubrud, P., & Schoessler, M. (2008) From random access opportunity to a clinical education curriculum. Journal of Nursing Education 47(1), 3-4.

Hosoda、Y. (2006) Development and testing of Clinical Learning Environment Diagnostic Inventory for baccalaureate nursing students. Journal of Advanced Nursing 56(5), 480-490.

細田泰子, 根岸まゆみ, キャシー・ラサター(2018) 臨床判断を拓く評価に向けて ラサター臨床判断ルーブリック日本語版の作成. 看護教育 59(1), 40-47.

池内香織, 細田泰子,他(2014) 新卒看護職者や看護学生を支援する教育指導者の育成プログラムに関する取り組みとニーズ. 大阪府立大学看護学部紀要 20(1), 1-8.

厚生労働省(2014) 新人看護職員研修ガイドライン【改訂版】.

Lasater, K. (2007) Clinical judgment development: Using simulation to create an assessment rubric. Journal of Nursing Education 46(11), 496-503.

Tanner, C. A. (2006) Thinking like a nurse: A research-based model of clinical judgment in nursing. Journal of Nursing Education 45(6), 204-211.

研究目的

本研究では、看護学習者の臨床判断の発達を評価するLCJR日本語版の妥当性を検討し、このルーブリックを学生から新人へのトランジションにおける臨床判断の能力開発に活用できるようにすることを目指している。看護学習者の育成において彼らの学びに関わる教育指導者を支援する必要があり、このルーブリックを教材にして臨床判断を拓く評価と臨床学習環境づくりに貢献できる教育指導者を支援するプログラムを開発することを目的とする。

研究方法と成果の概要

1) 米国におけるシミュレーション教育に関する視察

LCJRが主にシミュレーション教育で使用されていることから、米国のシミュレーション教育の実際を視察し、LCJR開発者と日本語版の妥当性に関する研究方法を検討した。米国のUniversity of Portland(UP)とOregon Health & Science University(OHSU)を訪問し、看護基礎教育におけるシミュレーション教育の実際や評価について説明を受け、意見交換を行った。

OHSU Simulation & Clinical Learning Center シミュレーションルームの様子

 

UP Simulated Health Center シミュレーションルームの様子

 

UPでは、Simulated Health Centerにおいて幅広い分野のシミュレーション教育が行われ、実習の49%にHigh-fidelityシミュレーションを導入する。OHSUでは、学生の実習の10%でシミュレーション教育を行っており、実習が必要な専門科目のカリキュラムに組み込まれている。両大学のシミュレーション教育では、臨床判断の思考プロセスを重視したデブリーフィングを行っている。そのため、UPではシミュレーションに携わる教育者の認証を得ることが推奨され、OHSUでは教員の育成のために質の高い研修が行われている。

【文献】

赤崎芙美, 細田泰子,他(2020) 米国におけるシミュレーション教育に関する視察報告. 大阪府立大学看護学雑誌 26(1), 63-69.

2) 米国ホスピスのフィールドワーク

米国オレゴン州ポートランドのLEGACYヘルスケア系列のホスピス“Hopewell House Hospice”を視察し、米国ホスピスの最期まで生き死に逝く人々を地域で支えるケアを通して、本邦の看護教育の課題を検討した。

Hopewell House Hospiceと病室

 

この施設では、約70名のボランティアと施設スタッフにより、施設ケアと在宅ケアが行われている。ボランティアは、患者や家族とのコミュニケーションを中心とした研修を受ける。また、地域の看護教育機関や希望による個別の実習を受け入れている。施設のフィールドワークと元助産師・看護管理者であるボランティアスタッフ統括者の語りから、利用者のかかわり方で大切にしていることが伝えられた。

【文献】

片山由香里, 細田泰子,他(2020) 地域に根付く米国ホスピスのフィールドワーク:ボランティアとの協働からみた本邦の看護教育についての考察, 同志社女子大学総合文化研究所紀要 37, 64-75.

3) ラサター臨床判断ルーブリック日本語版の妥当性の検討

日米の臨床教育の違いを踏まえ、本邦における看護学生の臨床判断の評価基準という観点から、学生が行うシミュレーションを対象にLCJR日本語版の妥当性を検討する。看護実践のシミュレーションのシナリオを作成し、看護系大学の学生(4年次生) を対象にシミュレーションを実施し、学生はLCJR日本語版を用いて自己評価を行った。また、臨床経験5年以上の観察者は、事前にLCJR日本語版とレイティングの方法についてオリエンテーションを受け、学生の看護実践のシミュレーションを観察し、LCJR日本語版を用いてレイティングを実施した。実施後、学生、観察者のLCJR日本語版に関する意見をそれぞれのグループインタビューにより聴取した。本研究は、研究代表者の所属機関および学生の所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。

LCJR日本語版のレイティングにおける観察者間および学生と観察者間の差異は一定の範囲であった。LCJR日本語版を活用することにより、臨床判断能力のアセスメントが可能となることが明らかになった。利点とともに、使用上の留意点や課題、評価に影響する因子を考慮する必要性があることが示唆された。

4) 臨床判断の能力開発や臨床学習環境づくりの支援に関するニーズ調査

看護学生や新人看護師における臨床判断の能力開発や臨床学習環境づくりの支援への教育指導者のニーズを検討する。全国の一般病床数200床以上の医療施設から無作為抽出し、学生および新人の指導経験がある教育指導者を対象に郵送法による無記名自記式質問紙調査を実施した。調査で用いた尺度は、開発者および日本語版作成者から使用許諾を得た。本研究は、研究代表者の所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。
(データの分析を進めている)

 

5) 臨床学習環境づくり支援プログラムの開発

教育指導者を対象にLCJR日本語版を教材に用いた臨床学習環境づくり支援プログラムの実施と評価を行い、教育効果を検証した。便宜的に抽出した近畿圏の医療機関に所属する教育指導者から参加の同意を得た。教育指導者の選定条件は、1)各部署で看護学生や新人看護師の教育指導を行う看護職、2)看護師長以上の管理者ではないこと、3)看護学生及び新人看護師の教育指導の経験があることとした。事前調査の結果で背景が均質になるように介入群と対照群に割り付けた。両群にLCJR日本語版を用いた「臨床判断コンピテンシー開発セミナー」を開催し、介入群はセミナー終了後に「臨床学習環境づくりワークショップ」を実施し、その後、2ヶ月間Line オープンチャットを利用し、プログラムのフォローアップを行った。プログラムの実施前、終了直後、終了2ヶ月後に質問紙調査を行った。本研究は、研究代表者の所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。

研究成果(論文)

  • 赤崎芙美, 細田泰子, 根岸まゆみ, 片山由加里, 土肥美子, 北島洋子, 米田真央 (2020) 米国におけるシミュレーション教育に関する視察報告. 大阪府立大学看護学雑誌 26(1), 63-69.
  • 細田泰子 (2020) 臨床判断能力を培う、コンセプトを基盤にした学習活動. 看護展望 45(4), 29-33.
  • 片山由加里, 細田泰子, 根岸まゆみ, 土肥美子, 北島洋子, 赤崎芙美, 米田真央 (2020) 地域に根付く米国ホスピスのフィールドワーク:ボランティアとの協働からみた本邦の看護教育についての考察, 同志社女子大学総合文化研究所紀要 37, 64-75.
  • 細田泰子 (2022) 臨床判断能力を拓く学習環境. 看護展望 47(3), 10-16.

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