研究成果 教育指導者育成に向けたバウンダリーレスな臨床学習環境デザイン支援プログラムの開発

日本学術振興会 科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)基盤研究(C)(一般)16K11953

研究期間

2016年度~2018年度

研究組織

研究代表者: 細田 泰子(大阪府立大学)
研究分担者: 片山由加里(同志社女子大学)
土肥 美子(大阪医科大学)
北島 洋子(奈良学園大学)*
根岸まゆみ(静岡県立大学)**
研究協力者: 冨田 亮三, 長野 弥生

*2017年度~2018年度、**2018年度

研究の背景

近年のわが国の保健医療をめぐる変化のなかで、看護学生(以下、学生)の実践能力向上のための教育体制として、教員及び実習指導者の指導能力の向上、役割分担と連携が示唆されている(厚生労働省, 2011)。また、学生が看護師学校養成所を卒業後、新人看護職員(以下、新人)として臨床実践能力を獲得するための研修体制を整備するうえで、新人研修を効果的に実施するには指導者の育成が重要であることが示唆されている(厚生労働省, 2014)。本邦の看護学教育を取り巻く状況は、米国のヘルスケア環境における人材育成のニーズと共通するものが見られる。高齢化と看護師不足に対処するため、Oregon Consortium for Nursing Educationが設立され、教育機関のパートナーシップにもとづくカリキュラムが開発された(Gubrud & Schossler, 2009)。また、日本と米国における学生の実習経験の相違を検討し、国際的にも臨床教育の充実は課題であり、グローバルな連鎖が求められる(Hosoda et al., 2019)。

臨床学習環境(Clinical Learning Environment)に関する研究は、1980年代初期に英国で行われたものを端緒にし、学習者の臨床経験の質を決定するための重要な要因であることが明らかにされている(Hosoda, 2006)。先行研究では、臨床学習環境とメタ認知、看護実践力、感情労働の関連を探索した(片山, 細田, 2014)。また、教育指導者の育成プログラムに関する現状を把握し(池内ら, 2014)、ニーズ調査から得られた成果(土肥ら, 2015)をもとに構成した臨床学習環境デザイナー育成プログラムを試行し、その評価を明らかにした(細田ら, 2019)。

近年の学習環境論では、学習者は社会的相互作用を通じて理解を深めることが指摘され、組織の境界を超えたバウンダリーレス(Boundaryless)な広がりが求められている。学習環境デザインにおいて、Illich (1973)の思想から発した共愉的(Convivial)という言葉は、人々と道具と新しい共同体が結び合った社会の状態(美馬, 山内, 2005)を表し、共愉的学びの共同体のなかで紡ぎ出す知の連結が期待される。本研究では、教育指導者が所属組織のなかで培ってきたノウハウを発掘し、組織内外の教育指導者間の相互交流によりバウンダリーレスな知の連結の可能性に着眼し、日常の活動の場を超えて学び合うことを中心に位置づけた臨床学習環境デザイン支援プログラムを開発することで、教育指導者育成に創発的な教育モデルを提供できるのではないかと考えた。

【文献】

土肥美子, 細田泰子, 中橋苗代, 中岡亜希子, 池内香織(2015) 臨床における教育指導者の学習環境デザインに関する学習ニーズとその学習方法の検討. 大阪府立大学看護学部紀要, 21(1), 1-11.

Hosoda, Y. (2006) Development and testing of Clinical Learning Environment Diagnostic Inventory for baccalaureate nursing students. Journal of Advanced Nursing 56, 480-490.

Hosoda, Y., Negishi, M., & Gubrud-Howe, P. (2019) Differences in clinical practicum experience between United States and Japanese baccalaureate nursing students. Osaka Prefecture University Journal of Nursing, 25(1), 21-31.

Illich, I. (1973) Tools for Conviviality. Marion Boyars, London.

池内香織, 細田泰子, 中岡亜希子, 中橋苗代(2014) 新卒看護職者や看護学生を支援する教育指導者の育成プログラムに関する取り組みとニーズ. 大阪府立大学看護学部紀要, 20(1), 1-8.

片山由加里, 細田泰子(2014) 実習指導看護師と学生の看護実践力に関連する感情労働. 日本医学看護学教育学会誌, 23(1), 1-6.

厚生労働省(2011) 看護教育の内容と方法に関する検討会報告書.

厚生労働省(2014)新人看護職員研修ガイドライン【改訂版】.

Gubrud, P., & Schoessler, M. (2009) OCNE Clinical Education Model. In N. Ard, & T. M. Theres (Eds.), Clinical Nursing Education: Current Reflections, 39-57, National League for Nursing, New York.

美馬のゆり, 山内祐平 (2005)「未来の学び」をデザインする 空間・活動・共同体. 東京大学出版会, 東京.

研究目的

本研究の目的は、教育指導者の研修の視察および文献検討により学習環境や教育方法を把握し、教育指導者の臨床学習環境デザインに関する諸要因を探索した結果を踏まえ、グローバルな視座から構成したバウンダリーレスな臨床学習環境デザイン支援プログラムを教育指導者に実施し、その効果を評価する。

研究方法と成果の概要

1) 文献検討と情報収集

教育指導者の育成、臨床学習環境、Dedicated Education Unit (DEU)、臨床判断、学習方略、評価のデザインに関する文献を検討し、海外のNursing Educationを専門とする研究者から情報収集を行った。

2)米国におけるDEUモデルに関するフィールドワーク

米国オレゴン州のOregon Health & Science University (OHSU)、Portland Providence Medical Center、Veteran Administration Medical Centerを訪れ、先駆的な臨床看護教育モデルであるDEUの視察を行った(冨田ら, 2017)。DEUの導入に携わる担当者および医療機関の関係者から説明を受け、意見交換を行った。

Portland Providence Medical Center

DEU

Veteran Administration Medical Center

Oregon Health & Science University


(1)DEUにおける基本的な仕組みと役割

DEUでは、大学と病院のパートナーシップにもとづき、病棟の看護師が研修を受けた後、Clinical Instructor (CI)として学生を指導する。このモデルでは、CI、看護管理者、教員が協働的な関係のもと、実践に理論を結びつけ、学生の臨床判断を発達させるように支援する。CIが継続して実習を担当し、学生はCIの勤務開始から終了まで一緒に行動し、臨床で行う行為を経験する。

(2)従来の実習とDEU

OHSUの従来の実習では、学年が上がるとプリセプター制度に移行していくが、プリセプターが不在の場合は他の看護師が学生を指導するのに対し、DEUでは実習期間とCIの勤務が調整されているため、CIによる一貫した指導を行うことができる。従来の実習とDEUの違いは、DEUが大学と病院とのパートナーシップにもとづいた臨床学習環境を整える構造を確立していることである。CIは、大学が提供する研修を受けているため、学生指導に必要な内容を理解したうえで学生と関わっている。従来の実習では必要に応じて病棟のオリエンテーションが行われていたが、DEUでは実習の初日に看護管理者よりオリエンテーションが行われ、学生は病棟全体を理解して実習に臨むことができる。

(3)CI の教育

DEUの看護師は大学が提供するプログラムを受講し、CIの役割を担う。OHSUの研修は1回4時間のコースで、カリキュラムや実習コースおよび指導方法などを学び、ロールプレイを行いながら具体的に検討する。CIと教員の役割の違いを理解することも研修に含まれている。

【文献】

冨田亮三, 細田泰子, 根岸まゆみ, 片山由加里, 土肥美子 (2017) 米国におけるDedicated Education Unitモデルに関するフィールドワーク. 大阪府立大学看護学雑誌 23(1), 67-74.

3) 教育指導者の臨床学習環境デザインに関する要因の検討

全国の一般病床数200床以上の病院から無作為抽出し、看護管理責任者に調査への協力を文書で依頼した。各施設で新人や学生の教育指導を行う看護職者5~20名程度を選定してもらい、協力が得られた101施設の教育指導者1,153名を対象に郵送法による無記名自記式質問紙調査を実施した。調査内容は、学習支援、学習環境デザインの学習ニーズと学習方法、臨床学習環境デザインの能力開発、職場における他者からの支援、経験学習、バウダリーレスな学習経験、看護コンピテンシー、臨床学習環境、属性とした。量的データは統計学的処理を行い、質的データは質的記述的に分析した。本研究は、研究代表者の所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。

(1)教育指導者が行う新人と学生への学習支援の共通性と差異

新人指導経験者は612名、学生指導経験者は550名、新人と学生両方の指導経験者は541名であった。学習支援に共通する構成要素の検討では、新人指導経験者の探索的因子分析を実施し、<実践支援><思考支援><精神支援>の3因子15項目が抽出された。新人と学生への学習支援について構成要素の共通性を検討するため、探索的因子分析で抽出された3因子を潜在変数とし、2次因子を《学習支援》とするモデルを設定し、新人指導経験者および学生指導経験者の確認的因子分析を行った結果、適合度指標は許容水準を示し、内的整合性が確認された。また、新人と学生への学習支援の差異を確認するため、<実践支援><思考支援><精神支援>について対応あるt検定を実施した結果、3因子ともに学生に比べて新人への学習支援の方が有意に高かったことから、教育指導者は新人と学生のそれぞれが学習できるレベルを判断し、学習環境や学習状況に応じた支援をしていると考えられた(長野ら, 2019)。

(2)臨床学習環境デザインに関わる能力開発への取り組み

教育指導者自身の臨床学習環境づくりに関わる能力開発のために取り組んでいることについて自由記述に回答を得られた203名を分析対象とした。回答文を単一の意味内容のまとまりごとに区切り338の記録単位として抽出し、回答文に当てはまる記録単位を121コードとした。各コードの意味内容の類似性に従い分類を繰り返し15サブカテゴリー、5カテゴリー【学習機会の活用】【個人的な学習活動】【人的資源の活用】【知識やスキルの研鑽】【情報の探索と収集】が抽出された。教育指導者は個人学習や周囲の人と連携することにより情報を得る取り組みを行っており、知識やスキルを向上させるために主体的な学習を続けていることが明らかとなった。

(3)経験学習と看護コンピテンシーが臨床学習環境に及ぼす影響

学生の臨床学習環境、経験学習、看護コンピテンシーに回答した462名を分析対象とした。経験学習と看護コンピテンシーが臨床学習環境に及ぼす影響を明らかにするため、「経験学習」「看護コンピテンシー」「臨床学習環境」を潜在変数とし、「経験学習」と「看護コンピテンシー」との間に共分散を仮定し、両者がそれぞれ「臨床学習環境」に影響を及ぼす多重指標モデルを設定し分析を行った結果、適合度指標はGFI=.922、AGFI=.895、CFI=.958、RMSEA=.067であった。パス係数はすべて有意で、「経験学習」と「看護コンピテンシー」の相関係数は.49であった。「経験学習」及び「看護コンピテンシー」から「臨床学習環境」への標準化係数はそれぞれ.22、.26を示し、重相関係数の平方は.17であった。教育指導者の経験学習と看護コンピテンシーは、学生の臨床学習環境に影響を与えることが示唆されたが、説明力はあまり高くないため、他の関連要因を探索する必要があると考えられる。

(4) 他者からの支援と経験学習が教育指導者の看護コンピテンシーに及ぼす影響

欠損値のあるものと職位を「その他」と回答したものを削除した有効回答数は500名であった。臨床の教育指導を担う看護師の看護コンピテンシーに対し、職場において他者から受けている支援と経験学習が及ぼす影響を明らかにするため、従属変数となる看護コンピテンシーを中央値で2群に分類し、多重ロジスティック回帰分析を行った。職位別の差をKruskal-Wallis検定により検討し、2群間比較はDunn-Bonferroniの方法を用いた。結果、他者からの支援の「内省支援」、経験学習の「具体的経験」と「抽象的概念化」は看護コンピテンシーに影響を及ぼしていた。職位別の分析では、スタッフは職場における他者からの支援を看護師長・副看護師長および主任・副主任よりも多く受けており、看護師長・副看護師長は教育指導を担う看護師の中で最も経験学習に長けた存在であり、看護師長・副看護師長および主任・副主任の看護コンピテンシーはスタッフよりも高いことが明らかとなった。教育指導者の経験学習を循環させる支援が看護コンピテンシーの向上に寄与することが示唆された(北島ら, 2021)。

【文献】

長野弥生, 細田泰子, 片山由加里, 土肥美子, 北島洋子, 根岸まゆみ (2019) 教育指導者が行う新人看護師と看護学生への学習支援の共通性と差異. 大阪府立大学看護学雑誌 25(1), 33-41.
北島洋子, 細田泰子, 長野弥生, 片山由加里, 土肥美子,根岸まゆみ (2021) 他者からの支援と経験学習が教育指導者の看護コンピテンシーに及ぼす影響. 大阪府立大学看護学雑誌 27(1), 1-9.

4) 臨床学習環境デザイン支援プログラムの評価

先行研究の結果をもとに、臨床学習環境デザイン支援プログラムを構成した。プログラムの実施と評価では、介入群と対照群における事前・事後テストの準実験研究デザインを用いた。便宜的に抽出した近畿圏の医療機関の看護管理責任者に依頼し、研究協力が得られた施設に所属する教育指導者から参加の同意を得た。事前調査の結果から対象者を介入群と対照群に振り分けた。米国から臨床教育を専門とする講師を招へいし、両群に臨床教育ストラテジーセミナーを行い、セミナー終了後、介入群に臨床学習環境デザインワークショップを行った。プログラムの実施前、終了直後、終了2ヶ月後に質問紙調査を行った。量的データは統計学的に分析し、自由記述は質的に分析した。本研究は、研究代表者の所属機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。

臨床教育ストラテジーセミナーによりコミュニケーションスキル、学習者へのメタ認知促進支援、感覚的臨床学習環境が高まる可能性が示唆された。ワークショップにより言語的伝達のスキルが高まることが示唆された。

研究成果(論文)

  • 冨田亮三, 細田泰子, 根岸まゆみ, 片山由加里, 土肥美子 (2017) 米国におけるDedicated Education Unitモデルに関するフィールドワーク. 大阪府立大学看護学雑誌 23(1), 67-74
  • 細田泰子 (2017) メタ認知の支援を目的とした学習方略. 看護人材育成 14(1), 48-53.
  • 細田泰子 (2017) 臨床判断モデルにもとづく学習方略と評価のデザイン. 看護教育 58(5), 360-366.
  • 細田泰子, 根岸まゆみ, キャシー・ラサター (2018) ラサター臨床判断ルーブリック日本語版の作成. 看護教育 59(1), 40-47.
  • Yasuko Hosoda (2018) In search of the ideal clinical learning environment, Reflections on Nursing Leadership (Sigma Theta Tau International Honor Society of Nursing).
  • 長野弥生, 細田泰子, 片山由加里, 土肥美子, 北島洋子, 根岸まゆみ (2019) 教育指導者が行う新人看護師と看護学生への学習支援の共通性と差異. 大阪府立大学看護学雑誌 25(1), 33-41.
  • 北島洋子, 細田泰子, 長野弥生, 片山由加里, 土肥美子,根岸まゆみ (2021) 他者からの支援と経験学習が教育指導者の看護コンピテンシーに及ぼす影響. 大阪府立大学看護学雑誌 27(1), 1-9.

 

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