研究成果 メタ認知の発達を支援する臨床学習環境のデザインに関する研究

日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(C)(一般)課題番号:19592456

研究期間

2007年度~2010年度

研究組織

研究代表者: 細田 泰子(大阪府立大学)
研究分担者: 片山由加里(京都橘大学)*
中岡亜希子(千里金蘭大学)
中橋 苗代(京都橘大学)
連携研究者: 新瀬 朋未(大阪府立大学)**
研究協力者: 土肥 美子, 鈴木亜衣美, 池内 香織

*2008年度~連携研究者へ、**2008年度~2009年度

研究の背景

近年の学習環境論においては、学習者自身が学習過程を吟味することが主要なテーマとなっている。いわゆるメタ認知が重要になる。ここでいうメタ認知とは、私たちが自分の思考に目を向け、それをモニターし、必要な軌道修正をするという働きである。つまり、認知活動そのものを対象とする認知という意味で、メタ認知と呼ばれる。先年、学習過程の認知的な観点から、臨床学習環境を測定する尺度としてClinical Learning Environment Diagnostic Inventory (CLEDI)を開発した(Hosoda, 2006)。CLEDIの概念は、感覚的clinical learning environment (CLE)、知覚的CLE、象徴的CLE、行動的CLE、反省的CLEから構成される。感覚的CLEでは学習活動を専門家のフィールドに位置づける経験を、知覚的CLEでは実践的状況に働きかけ種々の角度からみる観察を、象徴的CLEでは問題解決に向けて帰納的推論を試みる概念化を、行動的CLEではフィールド全体のなかでともに行う活動を重視する実践を、反省的CLEでは学生は行動の方略、彼らの現象の理解、あるいは問題を組み立てる方法を再構築することを、重視する構造になっている(細田, 2007)。この測定尺度は、海外の研究者(カナダ、中国、トルコ、インド、ブルネイなど)も自国の臨床教育の状況で活用可能性を探索している。

本研究では、臨床学習環境を学生の問題解決能力の発達を促進する経験的な学習状況を構成するものと捉えているが、これには医療・看護システム、教育・研究システム、情報・管理システム、実践・協働システムといった社会システムが密接に関わり、それらが学習をコントロールするという状況が生じていると考えられる。しかしながら、これらのシステムと臨床学習環境との関連を明らかにした研究は見られない。また、看護学教育における評価は、インプットとしてカリキュラムの評価、アウトプットとして看護実践能力の評価が求められているが、プロセスとして学生のメタ認知を高めるための教育・学習活動のあり方を探究する必要がある。最近の構成主義のパラダイムにもとづく教育評価では、現実の状況に密着した総合的な能力を評価するオーセンティック・アセスメントが重視されている。そのためには、臨床学習環境に関係する人々がステークホルダーとして能動的に評価活動に参加していくことが求められる。臨床学習環境の質の向上に資するためにどのような形成的評価のシステムを取り入れるべきかという課題がある。

【文献】

Hosoda, Y. (2006) Development and testing of Clinical Learning Environment Diagnostic Inventory for baccalaureate nursing students. Journal of Advanced Nursing 56, 480-490.

細田泰子 (2007) 看護学士課程の学生のメタ認知的な臨床学習環境に影響を及ぼす教育インフラストラクチャーの検討. 日本看護科学会誌 27(4), 33-41.

研究目的

本研究の目的は、臨床学習環境と医療・看護システム、教育・研究システム、情報・管理システム、実践・協働システムに含まれる要素との因果関係を明らかにし、その知見をもとに臨床教育のためのインストラクショナルデザインに資する形成的評価システムの開発、メタ認知の発達を支援する臨床学習環境のデザインを探究する。

研究方法と成果の概要

本研究は、研究代表者の所属施設の研究倫理委員会の承認を受けてから実施し、研究目的と方法、研究協力の自由意思、プライバシーの保護、データの取扱い、研究成果の公表などについて説明した。

1) 看護学生・教員・実習指導者における臨床学習環境に関する調査

 臨床学習環境のアセスメント指標として、CLEDIの活用可能性を検証し、関連する要因間の因果構造を検討するため、看護系大学生476名、専門学校生366名、大学教員216名、専門学校教員195名、臨床の実習指導者330名を対象に質問紙調査を実施した。定量的データは、記述統計、検定、相関分析、多変量解析、共分散構造分析を行い、定性的データは、質的記述的分析を行った。

(1) 臨床学習環境の特性

CLEDIで測定した臨床学習環境の「感覚的CLE」、「知覚的CLE」、「象徴的CLE」、「行動的CLE」では、大学生、専門学校生の間で有意差はなかったが、「反省的CLE」では専門学校生より大学生が有意に高いことが示された。また、学生と教員のCLEDI得点を比較すると、大学では「感覚的CLE」、「象徴的CLE」、「行動的CLE」において学生より教員が有意に高かったが、専門学校では学生と教員の間に有意差はなかった。さらに、学生と実習指導者のCLEDI得点を比較すると、「知覚的CLE」と「行動的CLE」では学生より実習指導者が有意に高いことが示された。教員と実習指導者のCLEDI得点を比較すると、「知覚的CLE」では有意に実習指導者のほうが高かったが、「象徴的CLE」と「反省的CLE」では教員が有意に高かった。

(2) 学生における臨床学習環境、メタ認知、看護実践力の因果構造

学生の「臨床学習環境」、「メタ認知的知識」、「メタ認知的活動」、「看護実践力」を潜在変数とし、大学生と専門学校生の多母集団分析を行った結果、「看護実践力」は、「臨床学習環境」、「メタ認知的活動」の影響を受け、「メタ認知的活動」は「メタ認知的知識」に基づいて行われることが示唆された。大学生と専門学校生の間では「臨床学習環境」から「メタ認知的知識」へのパス係数に有意差があり、大学生は影響を受けにくい傾向がみられた。

(3) 教員における臨床学習環境が学生のメタ認知の促進への支援に及ぼす影響

教員の「臨床学習環境」が「メタ認知的知識の促進への支援」に影響し、その結果として「メタ認知的活動の促進への支援」に影響を与える共分散構造モデルを設定し、大学教員と専門学校教員の多母集団分析を行った結果、十分な適合度指標が示された。「臨床学習環境」の充実が学生のメタ認知を促進する支援につながることが示唆され、「メタ認知的知識の促進への支援」から「メタ認知的活動の促進への支援」へのパス係数に有意差があり、専門学校教員のより強い影響が示された。

(4) 実習指導者における臨床学習環境、看護実践力、学生のメタ認知の促進への支援の関係

実習指導者の「臨床学習環境」と「看護実践力」との間に相関を仮定し、「看護実践力」が「メタ認知の促進への支援」に影響し、さらに「メタ認知的知識の促進への支援」と「メタ認知的活動の促進への支援」に影響を与える共分散構造モデルを設定し分析を行った結果、看護実践力は臨床学習環境と相互に関わり、学生に対するメタ認知の促進への支援の規定因となることが示唆された。

(5) 看護学実習におけるより豊かな学びに結びつく臨床学習環境の要件

学生、教員、実習指導者が記述したデータを三者に分けてコード化し、コードを共通性と相違性によってカテゴリー化した。三者ともより豊かな学びに結びつく臨床学習環境の要件として、看護ケアを体験し学ぶこと、施設の受け入れ体制、教育指導者に関するカテゴリーが抽出された。

2) ナースコンピテンスと臨床学習環境に関する調査

 臨床の社会システムに含まれる要素として、援助役割、教育/コーチング、診断機能、状況管理、治療的介入、質の保証、仕事役割からなるNurse Competence Scale (NCS)を用いるため、尺度の開発者Dr. Meretojaに協力を得て翻訳妥当性を確認した。看護実践の経験10年以上の看護職11名に依頼し、日本語版NCSの内容関連妥当性を検討し、内的整合性と併存的妥当性を検討するため、経験年数3年以上の臨床看護師450名を対象に調査を行った。臨床看護師1130名を対象に質問紙調査を行い、日本語版NCSと関連する要因を明らかにし、CLEDIとの関係を検討した。

(1) 日本語版Nurse Competence Scale (NCS)の作成

日本語版NCSは、評者間一致率 (percent agreement)の受容可能なレベルをもつエキスパートを対象にcontent validity index (CVI)を算出することにより、内容関連妥当性を検討した。また、臨床看護師における日本語版NCSのCronbach’s α係数は、全体および下位概念において0.70以上で、十分な内的整合性が確認された。既存の看護実践能力尺度と日本語版NCSとの高い相関が認められたことから、一定の併存的妥当性を備えていることが示された。

(2) ナースコンピテンスの特性と関連要因

臨床看護師のナースコンピテンスは、「状況管理」がもっとも高く、「質の保証」は低い傾向がみられた。また、ナースコンピテンスに影響を与えるクリティカルシンキングの要素として「客観性」や「追求心」に関わる態度が明らかになった。臨床看護師の看護過程展開能力と日本語版NCSの「援助役割」「教育/コーチング」「診断機能」の関連を認めた。新人期の看護師(経験3年未満)の一般性セルフ・エフィカシー尺度(General Self-Efficacy Scale、以下GSES)の「能力の社会的位置づけ」と日本語版NCSの「教育/コーチング」、「援助役割」、「質の保証」、GSESの「行動の積極性」と日本語版NCSの「仕事役割」で有意な相関を認め、新人期のナースコンピテンスの発達において自己効力は重要な要因として働くことが示唆された。

(3) ナースコンピテンスと臨床学習環境の関係

実習指導者経験をもつ看護師を対象に臨床学習環境とナースコンピテンスの関係を検討するため、CLEDI得点を従属変数、日本語版NCSの各領域の得点を独立変数とする重回帰分析を行った結果、日本語版NCSの「教育/コーチング」、「仕事役割」が臨床学習環境に影響を与えていることが示唆された。臨床学習環境の質を高めるためには、実習指導者が教育的コミュニケーションのスキル、組織的調整のスキルを高める必要があることが示唆された。

3) 臨床学習環境におけるメタ認知的活動に関するフォーカスグループインタビュー

 研究の趣旨の説明を受けたうえで自由意思により参加した学生4名、教員4名、実習指導者4名に半構成的グループインタビューを実施した。インタビューは、看護学実習における状況認知、思考過程、看護実践に焦点をあてた質問を設定し、テーマ的コード化の方法を参考にしながら、それぞれの集団に見られる物事や過程に対する見方や経験の多様性に焦点をあて分析を行った。

(1) 状況認知に関して

学生、教員、実習指導者に共通して、学生の学習活動にかかわる人たちとの関係性を重視していた。教員と実習指導者は学生、スタッフ、患者を含む相互関係が築けるように働きかけていた。学生は現場の状況への戸惑いを感じるとともに、自分が行う看護に対して躊躇や萎縮が見られた。その一方で、教員や実習指導者との関わりが学生の学習活動を支援していた。

(2) 思考過程に関して

学生、教員、実習指導者に共通して、学生の学習活動における動機づけを重視していた。学生は情報を関連づけて思考することに困難感を抱いていたが、教員の指導が気づきを促していた。教員は看護過程展開において臨床との調整を図り、実習指導者は実際の現象から患者理解ができるように学生を支援していた。

(3) 看護実践に関して

学生、教員、実習指導者に共通して、学生の主体的な学習活動の促進がコアとなっていることが示唆された。学生が行うケアに対し、学生と教員が不安やジレンマを抱えている一方、実習指導者はケアの学びの共有を図り、教員は学生からのメッセージの読み取りを行っていた。

4) 臨床学習環境のデザインと臨床教育に資する形成的評価のシステムの指針

 本研究によって、臨床学習環境のステークホルダーのメタ認知的活動は、教育・学習活動の核となり、状況認知、思考過程、看護実践が臨床学習環境を方向づけていることが示唆された。また、医療・看護システム、教育・研究システム、情報・管理システム、実践・協働システムと連関するナースコンピテンスや看護実践力と臨床学習環境の関係性が確認された。
臨床教育に資する形成的評価システムの指針として、以下の3点を示すことができた。

(1) 臨床学習環境の評価ワークショップ

立場の異なる臨床学習環境のステークホルダーを参加者とするワークショップにより、臨床の教育・学習の課題や改善について協議し、その結果を参加者の実践に活用する。

(2) メタ認知活動を促すルーブリックの活用

臨床学習環境における状況認知、思考過程、看護実践に関するモニタリングとコントロールの視点を含めて評価基準となるルーブリックを作成する。

(3) 臨床学習のポートフォリオ評価

学生自身の参加による評価の過程としてポートフォリオを作成することを推奨する。

研究成果(論文)

  • 片山由加里, 細田泰子 (2014) 実習指導看護師と学生の看護実践力に関連する感情労働, 日本医学看護学教育学会誌 23(1), 1-6.
  • 鈴木亜衣美, 細田泰子, 片山由加里 (2015) 看護学生のクリティカルシンキングが看護実践力へ及ぼす影響, 大阪府立大学看護学部紀要 21(1), 13-20.
  • 土肥美子, 細田泰子, 片山由加里 (2016) 看護系大学教員が行う臨地実習における学生のメタ認知を促進する支援に影響する要因の検討, 日本医学看護学教育学会誌 25(1), 1-7.
  • 細田泰子, 中岡亜希子, 片山由加里 (2018) 日本語版Nurse Competence Scale(NCS)の信頼性と妥当性の検討, 日本医学看護学教育学会誌 27(2), 9-16.
  • 中岡亜希子, 細田泰子, 中橋苗代 (2019) 看護学実習における学生・実習指導者・教員のメタ認知的活動の実態, 日本医学看護学教育学会誌 27(3), 1-11.
  • 土肥美子, 細田泰子, 片山由加里 (2020) 看護基礎教育に携わる大学教員と専門学校教員のクリティカルシンキングの態度・傾向が及ぼす影響の探索,インターナショナル Nursing Care Research 19(1), 75-86.

 

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